2020年5月4日月曜日

社会的立場への意識


昨日、散々なことを書いた自分ですが。
やっぱり、「代表」という立場っていうものがありましての話。

実は、これもまだ反論来そうだなとおもうのですが。

代表とかの肩書、いまのI am hereにはいらないのかなって思ったりしてます。
結局、その肩書に変に縛られて、仲良し3人組で始めたことが、3人の人間関係がちょっとぎくしゃくしがちな部分も多かったのかなとも。

ただ、でも、これからのことを考えると、増えた時の収拾がつかない、外部とのやり取りの中で責任者としての役割の必要性などを考えると、多少のぎくしゃくがあれど、やっぱり「社会活動の団体」として成り立たせなきゃならないぶん、必要なのかなとも思ってます。

たぶん、これは私の推論なんですが。

精神障がい当事者って、上下関係苦手なんだと思うんです。

上司部下の関係とか。
先輩後輩の関係とか。

考えてみたら、就労支援事業所のスタッフと利用者。
支援者と当事者で考える目線をちょっと変えると、上司を部下でもあるんです。

どんなに納得のいかない理不尽な上司でも部下である以上は会社の組織にいる以上は上司としてみるのが今の社会なんだと思うんです。
(陰でけちょんけちょんにいうかどうかは、その人の自由ですが。(笑))

ただ、支援者と当事者という目線でいえば、ある意味そこがなあなあになってしまう部分もあるのかなと思ったりもします。
支援者をどうしても友だちや仲間としてみようとする人たちですらいます。

きっと、精神的にやられてしまうと、どんなレベルの厳しさも受け付けられなくなってしまう……場合のよっては、病気を悪化させてしまう引き金になる。
安心できる人間関係が気づけない、自分の事を理解してくれる人がほしいという欲求が出てきてしまう。
そこが本人にとっても、周りにとっても苦しい部分であり、支援者さんはその見極めが必要とされてくるんだと思うんです。

ただし!当事者側は、実は、安定してくるとひとつ見えてくるものもあって。
それが「社会的立場への意識」なのかなと。

一般就労では、この就労支援事業所の関係性は求められないことを察するようになってくるというか、意識するようになってくるのかなと。

ちなみに、自分、このラインにうっすらといるのかなあと思ってます。(笑)
(違ってたらすいません💦)

ただ、やっぱり昨日のように、発作的状況になるとだめですね。(笑)
これがもしかしたら、世間にとっては「病気に対する甘え」と言われてしまうものかもしれないです。

でも、すべての方にお願い聞いて!とは言いません。
もし、心優しい方がいれば、聞いてもらいたいのですが。

意外とここ、苦しいんです。
悩むんです。
乗り越えたいって必死なんです。

乗り越えた先の風景はすごく涙が出る位、感動モノなのかもしれません。

それくらい、分厚くて高い「壁」のはずが、「甘え」という言葉でまとまってしまい、「それ、意外と筋違いなんだよねえ~💦」って言えたら、楽なんだよなあって思ったりもします。

すいません、あくまでも、一人の精神障がい(まあ、発達障がいもある)当事者の話ですが、いろいろ考えたこと、ダラダラとあてもなく書いてしまいました。

最近、ちょっといろいろぶっちゃけているのは、若干コロナストレスもあるのかなと思うのですが、(いや、若干じゃないかもしれないな。(笑))今年、活動の中でやりたがっていた「当事者目線で障がいについて語る」事への意識でもあったりもしてます。

あ、長くなりそうなんで、そこらへんの話はまた機会があればかな。

コロナ的現実(?)に戻ると、緊急事態宣言5月末まで北海道は延びるみたいです。
ここがうまく乗り切れたら、I am hereの会、6月はきついけど、9月の学習会から、スタートもありえそうかな~と希望を持てるようになれた、最近の自分です。

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