2022年3月23日水曜日

2022年度、I am hereの会の予定。


まん延防止解除で、ちょっぴり落ち着きが出てきた日々。
不安や苛立ちはまだ度々出ては来るけど、もうこれは仕方ないです。
「一難去ってまた一難」を自分で作りだしてしまうことがある意味私の病気かも。

ところで、I am hereの会はどうするの?という声もちらほら……聞こえている体で。(笑)

実は、現在、各々新しい旅立ちがあり、運営メンバー0となりました。

でも、ある意味新しい形を立て直すという意味で、いろいろなことに縛られず、試行錯誤が出来るいいチャンスかなと。

という意味で、まずは自分がやりたい形で動ける範囲動いてみようかなと思います。
で、会自体の運営メンバーは、大きく募集はしません。

ただ、ゆくゆく、必要となって募集したい人はいます。
それは、おいおい。

そして、今年1年間、まずやりたいのが「交流」です。

うまくできれば月1回以上。
茶話会(ダイアログカフェ・コミュニティーカフェ的な)をやりたいです。
少人数でコロナ対策しながら、悩みや夢、自由に安心していろいろ語ることや、新しいつながりを作ることができる企画をやりたいです。

そして、年数回。学習会の復活。
自分のために、社会のために、考えてみたいこと、学んでみたいことをみんなで勉強しあえる場所を作りたいです。

そして、社会的なアクションも実は起こしたいことがあります。
それはおいおいで。(できるかどうかも未定だし。)

まあ、運営会員は募集しませんが、来れる時に手伝える人は随時募集。
今年度は会費はとりません。(その代わりイベント参加は参加費がかかります。)
みんな、やっぱり、「会費」が高い、払えない、払いたくないという気持ちが強い分、参加するのに躊躇する人もいて。
そして、体調次第で休んで迷惑をかけたり、責任ある立場がプレッシャーとなって病気を悪化させてしまうという不安があったりするのも、極力なくしていきたいなと。

あとは、たくさん、いろいろな人と関わりたいし、楽しいことに参加してもらいたいです。
コロナ禍の中で、暗く沈みがちになりがちな日々をみんなで明るく楽しく過ごせるように少しでも、楽しいことが企画出来たらいいなと思います。

今、思う所はそんなところかなあと。

2022年3月21日月曜日

コロナに振り回されない日々を求む。


私の中にあった暗闇に優しい光をともしてくれた街・帯広(十勝)。
自称ADHD・発達障がいから、診断名ADHD・(広汎性)発達障がいとなった時。

純粋にうれしかったんだよな……帰りのバスと列車の中で涙が止まらなかった。
これで、いろいろなことにおびえなくて済む安心感がほしかった、当時。

失業し、当時の精神科の先生から「社会をなめている」「甘えているだけ」と言われ、福祉の介入は必要なしと言われた。

でも、当時の福祉の支援員が一生懸命話をしてもらいなんとか、自立支援医療はつけてもらい、それでA型就労での支援が始まった時、ある、障害を持つ同僚から、私が障がい者手帳を持っていないことを知り、
「障がい者手帳持っていないなら、障がい者じゃないじゃん!おかしい!ずるい!」って言われ、シカトや大人げないいじめを受けた。

手帳は支援が長期化するにあたり、もらうことができたが、ずーっと、「次は更新しないかもしれないからね。」「もう、一般就労いけるよね?」という言葉に精神的に追い詰められた気持ちでいっぱいだった時。

釧路での担当が変わり、「帯広、行ってみたらどうだろう。」という言葉に、ワラにもすがる思いで、当時疎遠だった母親にも協力してもらおうと電話し、いろいろなものを資料として持ち、行った病院で、着いた診断が「ADHD」と「広汎性発達障害」。

そして、診断ではないけど、「HSS型HSP」(←HSSの話はおいおいでてくるでしょう。)という結果を受けたあの日から、見通しの悪いカーブが続く峠道がゆるやかで見通しの良い道に変わって言った気がし、今に至った自分。

あともう一歩、というところ、通っていた病院の精神科が非常勤勤務対応ということで、他の精神科への受診が勧められた。
ただ、私の悩むところは、精神疾患の領域じゃない気がした。

発達障がいが故、HSPが故のしんどさや心の傷は釧路でどんなに話してもどこか深くはわからないという顔で見られている気がしてここ最近辛くて。
また、新しい一歩が踏み出せるように、新しい視線に出会えるように帯広行きを決意。

正直、早く帯広に行きたいです。でも、壁となっているのが「コロナ」。
もう、経済活動を回すために制限は極力かけない方向で……とはいうけど、何が起こるかわからない……状況次第では行けないことも。

あたらしい「先の見えない不安。」の暗闇にとびこんでしまっている自分。
光を探してうろうろしている今をどうか、周囲のみなさん、イライラするかもしれないけど、めんどくさいかもしれないけど、許してください。(泣)💦

2022年3月13日日曜日

おさぼりの理由。


写真は、シッポカフェで作ってくれたひな祭りケーキ。
気がつくと、3月。ブログ放置中だった。(笑)

自分の中での理由はそれなりにあって。

「言葉にすること」って何だろうってふと思うことが多すぎた1か月だったんですよね。

……何が言いたいのさ?って感じだけど。

結局、世の中の人はみな、なにかしら、頑張っているわけで。
でも、それを「がんばってまーす!」って口にする人、PRする人。
その一方で、何も言わず黙々とやっている人。

口にする人、PRする人の中には「承認欲求」が気持ちの裏側としてあると感じた時、そしてそれが自分の中にあるんだと思った時、なんか、言葉にするのを躊躇してしまう。

そんな現象が自分の中で起きていたというか。

ただ、躊躇が続くと心(頭)の中にたまりこんでしまい、苦しくなる自分もまた、厄介で。

「自分で処理できるようになろう!」と思っても、なかなか。

何も言われないことに対する不安な気持ち。失敗したくない気持ち。
吐き出すことによって周りから答えが得られれば、それでとりあえず安心はする。

自分の中に答えとして見つけられない選択肢が多いのはなんでだろうか。

自分で物事を決める経験の少なさとやっぱり物事が他人基準なんだろう。
きっと、見え方は「人に好かれたい。」なんだろうけど、というよりは「いじめられたくない。」「一人になりたくない。」……少数派だけならまだしも、やっぱり「いじめられる」という気持ちがどことなくしこりとして残っている。

無視された、暴力を受けた、嫌な思いをした、悲しい思いをした……苦しみはなかなか手放せない……敏感気質だから?……それもあるけど、たぶんそれが自分を守るための武器として利用していることも感じる……でも、それも結局、罪悪感としてよりネガティブな方向に行く。

今、そんな無限ループのどつぼにはまっているんだな。私。